ドラクエⅠ&ⅡのHD-2Dが出たそうな。
事前情報とか全然見てなかったのだが、Ⅰでは敵が複数らしいということを知って大きく落胆したので、ちょっとカウンターを出しておく。
まあ、DQ1を多対1戦闘にした理由は、まあ間違いなく作り手の都合、すなわち「ゲームエンジンの使い回し」以外にないだろう。
HD-2DのⅢとⅡがパーティ前提で多対多戦闘のシステムなので、そこでⅠだけのために一対一戦闘を再設計することを避けた、以外の理由が思い浮かばない。
これは開発リソースの「制約」と言えるかも知れないが、しかしこれを「制約」と呼ぶのは正直気が引ける。「制約」というのは乗り越えるべきものとして立ちはだかってこその「制約」であり、そもそも回避前提のそれは「怠慢」とか呼ばれても文句言えない。
そんな背景は横に置いたとしても、オリジナルにおける一対一戦闘を多対一戦闘にしたのは残念ながら「安易」と言わざるを得ない。
まあ、普通に、そのまま、単純に、思考放棄して、一対一戦闘にすると単調になるのは間違いないだろう。とは言え、そこで多対一戦闘に流れたのなら、見せ方の変更で一対一戦闘を再定義できたんじゃないの?と思うので、そのへんを書いていく。
たぶん長くなる。
1.基本概念
安易に多対一戦闘を採用する前に、ちょっとだけ考えてほしかった点。
そもそも論として、RPGの戦闘において、敵が複数出現するとはどういうことか?を一段階抽象化して考えてほしかった。
下の略図を見てもらいたい。

多数の敵が出現したとしても、相手の全てのHPを0にするまでプレイヤーは攻撃するし、敵の数だけ毎ターン攻撃が飛んでくるという手順である。
これを一段階抽象化(敵の姿や名前という情報を一旦無視して、実用上の扱いだけにフォーカスする)すると、そこにはそれぞれ独自のHPとアクションを持った行動モジュールだけが並んでいる、ということになる。
そして、多数の敵との戦闘というのは、全てのモジュールのHPを0にするまでが1セット、なので、その時出会った複数の敵を一まとめとして扱っても、一回の戦闘としては意味が通じる。
そうすると、複数の行動モジュール(元々は一体ずつの敵)を内部的に一まとめにして、全体で敵一体のグラフィックでパッケージしてしまえば、内部的には複数敵との戦闘でありながらも、見かけ上は一対一戦闘が出来上がる。
見かけ上は一体だけど、生き残っている行動モジュールの数だけ1ターンに行動してくる。ダメージを与えるにつれて行動モジュールがダウンしていき、ターン当たりの行動も減っていく。すべてのモジュールを倒すことで、「一体の敵を倒した」ということで戦闘が終わる。
これが基本概念。
こうすると、基本システムは多対一でありながらも、敵表現のパッケージだけでまずは一対一戦闘になる。
さらにこれによって、一対一戦闘への典型的な批判である、戦闘の単調さも解消できることになる。
何せ実質的には多対一システムである。これを単調と言ってしまうのであれば、多対一戦闘をも否定することになる。多対一戦闘が単調なのであれば、一対一戦闘が単調という主張も全部一緒の一部に過ぎなくなる。
さらに同じ見た目の敵でも、内包している行動モジュールの数や組み合わせによって、能力のバリエーションが生まれることになる。
これも一対一戦闘で良く言われがちな単調さへのアンサーとなる。
元々が多対一を想定した個別敵データを作成していたのであれば、その敵パーティの出現パターンを敵一体に再パッケージすることで、出現パターンの数だけ能力バリエーションを持った「見かけ上は一種類の敵」を設定することが出来る。
こうすることで、同じ姿の敵を繰り返し相手にした時の「作業感」が相当に薄れることは理解できるだろうか。内部的には敵がパーティを組んでいるようなものだから、少なくともそのバリエーションの数だけ戦闘にもバリエーションが生まれることになる。
個別敵データだけでバリエーションを生もうとするとデータ設計が大変なのだが、このように「モジュールの組み合わせ」という考えを採用すると、その負荷は一気に低減される。しかも内部モジュールでゲーム画面上には見えないので、複数敵で使い回しても全然OKなのだ。
ここまではよろしい?
2.もうちょっと実際に寄せる
基本概念はこういうことだが、とは言えあまりにもそのままだと、それこそ多対一戦闘のパッケージ替えに過ぎなくなるので、少々チューニングを施す。
まず、元々は敵一体ごとに相当する行動モジュールについて、大きく二種類に分ける。
一種類目は、敵キャラ本体を構成する、それぞれの敵固有のコアモジュールだ。これが名前や見た目や属性や基本能力となる。ドラクエⅠ本来の出現モンスターの種類だけ必要なもの、とする。
次の一種類が、内部的に完結する行動モジュールで、これをコアモジュールと組み合わせることで個別エンカウント時の能力が決定されるものとする。HPもコアモジュールよりは少なく、単体の敵として出すにはちょっと弱すぎて足りない、ぐらいの能力水準としておく。
組み合わせたモジュールのHP総数=そのエンカウントにおける敵のHPとなるわけだ。
HPは「基本的には」行動モジュールから順に削られるものとする。

単なる多対一戦闘との違いは、あくまで行動モジュールは「一体の敵の内部モジュール」なので、一つのモジュールを倒した際、余剰ダメージがそのまま次のモジュールに貫通すること。(与えたダメージを先頭モジュールから順に割り当てていくので、結果的には撃破+貫通という形になるだけ)
単純に多対一戦闘にしちゃうと、一体を倒した時の余剰ダメージは当然どこにも行かない。個別敵処理だと、まあ実際問題としてもそうなるのだが、システム的には戦闘単位が1しかない側にとってはロスになってしまう。
ターン制戦闘では当たり前ではあるのだが、しかしそれを「仕方ない」と片付けてしまうと、一人側にとっては永続的に不利でしかなくテンポも損なう原因となる。結局はそのために複数敵に効果を及ぼす攻撃手段を必ず用意しないといけなくなり、はっきり言って、単体攻撃手段の価値が暴落してしまうのは子供でも判る。
これに対するアンサーが、撃破時の余剰を貫通させて他のモジュールへのダメージとして計上する仕組みなのだが、通常、単純に複数敵を扱ったシステムではこれは採用しにくい。端的に、説得力が乏しくなるからだ。(敵は一列縦隊でも組んでるのか?という突っ込みを食らうだろう)
何らかの特殊行動でのみ有効という扱いが関の山で、通常攻撃でも特別な武器が要求されると考えるのが自然だろう。
しかしこれが敵一体の中のモジュール、ということならどうか?
敵一体に与えたダメージが蓄積することによって、段階的に行動回数が減っていく=敵が弱っていく、という自然な表現に落とし込むことが出来る。
さらにプレイヤー側が強くなれば、「たたかう」一撃で複数モジュールどころかコアモジュールまで削りきることが出来るようになり、単純な多対一では表現しにくいテンポが生まれる。
個別にHPを持つ内部モジュールが敵の行動回数を担当している、という考えから、様々なアイデアも浮かぶはずだ。
複数敵に対する全体攻撃のように、複数のモジュールに直接ダメージを与える攻撃なんかも思いつくだろう。「かいしんのいちげき」の扱いにもバリエーションが持たせられるかも知れない。
モジュールのHPが残り少ない時だけの特殊攻撃なんかがあれば、一戦闘の中盤あたりに一つの山を設定することも出来るだろう。
言ってみれば一種の強化パーツのようなものだから、敵を強くしたければ強力な行動モジュールを付けて出現させ、弱くしたければコアモジュールだけで出現させれば良いわけで、難易度の手心も加えやすい。
こういった仕組みは、複数敵が同時に出現する戦闘で採用すると情報過剰になってプレイヤーの負荷になるので避けた方が良いと言われるのだが、しかし一対一戦闘ならばどうか、という視点を加えてみるといい。さらに繰り返すが、これは内部的には単なる多対一戦闘である。
そう、複雑さの上限は最初から決まっているのだ。
3.表現の問題
基本形はこんな仕組みとなるが、少し「ドラクエ的な」役割も提示しておこう。
「ドラクエ的」というのは、まあ少々感覚的な話だが、決してシステムを単なる数字に貶めないセンスというもので、ゲーム的システムをいかに平易な表現で伝えるか、という領域の話になる。
ついついカタカナ語ベースの堅苦しい表現を使いたくなってしまうのがゲーム界隈のサガなのかもしれないが、ドラクエというのはその点においては登場時点から唯一無二のスタンスを貫いている。
一体の敵に行動モジュールを付与することで、複数敵と同等のバリエーションを一体の敵で表現できる仕組みなわけだが、そのままでは少々問題がある。
複数敵の分かりやすさとして、危険度が一目で判る、ということがある。
複数で出現した敵の種類や数が表示されることで、敵戦力と自戦力の概算比較をプレイヤーは瞬時に行える。この情報によって、遭遇して早々に逃走判断を行うプレイヤーも少なくはないはずだ。
行動モジュールを敵一体に内包してしまうと、これが隠蔽されることになるので、まずはそのままでは見分けが付かなくなる。
しかしこんなものは表現一つで普通に伝えることが出来る。
とは言え、内部データであるモジュール数をそのまま表示するのは下策もいいところで、それは全くドラクエ的とは言えない。
敵のモジュール数は、コア1+行動0~2=総数1~3、の範囲であると仮定して、こんな感じに表現してみる。
- モジュール数3=1ターン行動回数3=「いきのいいスライム」
- モジュール数2=1ターン行動回数2=「スライム」
- モジュール数1=1ターン行動回数1=「よわったスライム」
このように、保有モジュール数=1ターン行動回数に応じて、モンスター名に接頭辞をつけてやれば良い。
ここでは仮に2回行動を標準体と置いている。
こうすると、出会った瞬間にそのモンスターの行動回数が見分けられ、総HPの高低も見分けられる。
さらに、例えば序盤も序盤であれば「弱った」しか出会わず、徐々に標準体が現れ、そのうち「いきのいい」が出てくるようになる、というように、同じ敵でも段階的に強い個体を見せることが出来、戦闘の複雑度が上がっていくことを示すことが出来る。(地域による危険度の表現なんかにも使えるだろう)
ダメージを与えることでモジュールがダウンしていくにつれ、接頭辞も変化させる。最初は「いきのいい」だったのが、接頭辞が外れ、やがて「よわった」になることで、確実にダメージを与えていることが、行動回数減少以外に名前からも伝えられる。
さらに終盤、竜王の城に出てくるような敵は、「弱った」でも苦戦する能力レベルとしておく。エンカウントの約9割は「弱った」個体で、残り1割に標準体と「いきのいい」を混ぜるぐらいにしておくと、
- 死神の騎士が現れた
- いきのいい死神の騎士が現れた
エンカウント時の一文だけで血の気が引く体験を楽しんでもらえるだろう。(何せ、その時点では何度となく接頭辞による強さの違いに散々苦しめられた後である)
もう一つ、ちょっとしたやり込み要素に近い仕組みとして、(モジュール違いは度外視した)同じ種類の敵を一定数倒すことで、保有モジュールが大まかに表示されるようにする。
ゲーム内の理由付けとしては、「同じ敵との戦いを多数経験することで、出会っただけで大まかな見分けが付くようになる」とする。これはレベルとは別軸の成長表現となる。
その大まかな表示も、「呪文をつかってきそうだ」「炎を吐きそうだ」のような、ドラクエ的なファジー表現に留める。
これをコアモジュールとは別に付与されたモジュール数だけモンスター名の横にでも表示しておいて、そのモジュールがダウンしたら消していく。
こうすると、危険な行動を持った個体も事前に察知することができるようになるし、その行動の心配が無くなったことも察知できる。
あとは呪文についても触れておこう。
ダメージ呪文については、これはまあHPの減らし方の話なので何とでもなるとして、ここでは状態異常呪文である。
ドラクエ1本来の範疇ではラリホーやマホトーンあたりだ。
これも敵一体が複数の行動モジュールを内包している、という仕組みと組み合わせると、これまでにない表現が生まれる。
通常、ラリホーであれば、敵をしばらく行動不能にするもので、効果ありか効果なしの二択でしかない。
ところが、敵一体が複数の行動モジュールを内包していればどうなるか?

- モジュール全てミス=「きかなかった」
- モジュール全て眠り=「眠らせた」
というのは従来のまま、そこに中間的状態が生まれる。
- 一部モジュールのみ眠り=「眠そうにしている」
→ 一時的に行動回数減少
モジュールごとに眠り判定を行うことで、完全に眠らせるに至らなくても、攻撃の手を緩めることが出来る状態が中間に発生する。結局これも、ベースにあるのは複数敵処理なので、その表現変更に過ぎないわけだが、従来の「効いた/効かない」以外の中間的状態を表現できるというのは新たな面白さに繋がるだろう。
戦略的にも一時的に行動回数を減らせるというのは大きなメリットで、こういった行動阻害系呪文の利用価値をキープできる。
さらにこの仕組みを取ると、一対一戦闘の中でありながらも(本家ドラクエⅠには登場しないが)「ザキ」と「ザラキ」の使い分けが可能というアイデアも生まれる。
ザキはいずれかのモジュールをHPに関わらず即ダウンさせ(いずれかのモジュールの持つHPが丸々削られることになる)、ザラキは複数モジュールをダウンさせる、という効果と読み替えることが出来る。
仕組み上は特殊なHPダメージ攻撃、という処理で、まあ本家のザキ系も特殊なHPダメージ処理であるらしいので、そのへんも辻褄が合う。
拡張アイデアとしては、モジュール狙い撃ちを認めるかどうかだが、このあたりはゲームデザインの領域であり、ドラクエⅠ的にはNGかなと思う。そういう枝葉のデータで遊ぶゲームかと言われれば、トップダウン的な曖昧さの中で楽しむのがドラクエではないかと考えるからだ。
この手の議論で注意しないといけないのは、下手に仕組みを「表に出そうとしないこと」だと考える。仕組みを表に出すということは、その仕組みを100%全開で活用させるようなバランス取りをすることを意味してて、それってどんどん複雑化を呼んで最適解通りしか認めないプレイに収束する運命にある。そうではなく、あくまで裏方の仕組みであってフレーバーに過ぎないという節度は守りましょうね、ということだ。
この先はもう枝葉の議論というか、細かい話しか残らないので割愛。
基本形としてはこんな路線で行けば、多対一戦闘システムを少しラップすることで一対一戦闘に再定義できるんじゃね?という話だから。
4.最後にチクリと
ここまで読んでもらえば判る通り、何も異次元のアイデアではなく、別に全く脈絡のない仕組みを引っ張ってきたわけでもない。普通に既存のエンジンをコアとして流用できる範囲でしか語っていない。
ポイントは一番最初。
抽象化して考えること、だけ。
だし、抽象化思考を誤解してる人が多そうなので言っておくと、抽象化思考とは「抽象的表現にすること」ではない。
正しくは、
「一旦抽象化表現を経て、もう一度具体の世界に再構成すること」
だ。
この「具体の世界に再構成する」が決定的な条件で、これが出来てないのは抽象化思考とは呼ばない。ただ単に責任を曖昧にしただけの安全思考でしかない。
あとは、ちゃんと「ドラクエの流儀」を意識して語れてるかどうか、じゃなかろうか。
何が残念だったって、せっかく一対一戦闘を再定義できる立場にあって、今のご時世に一対一戦闘を真正面から作っても良い大義名分が与えられてる稀有なタイトルであるのに、それが何で安易にどこにでも転がってるような複数敵に流れちゃったかなあ、という話なんですよ。
一言で言うと、設計者/開発者経験としてもったいないなあ、と。
外野の余計なお世話で恐縮だが、メタルスライム逃したんじゃないか?


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